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結節性硬化症のひろば 結節性硬化症と診断された方とご家族の方へ

患者さんと家族の体験談

体験談 Vol. 3

「親が子どもの可能性をあきらめないことが大切ではないでしょうか」

お母さんや療育施設の人に囲まれた女の子のイラスト
  • Kさん/女性/1歳9ヵ月のときに診断され、現在18歳(2013年6月時点)
  • インタビューに応じてくださったのは、母Rさん
お母さんや療育施設の人に囲まれた女の子のイラスト
◆白斑を契機に診断されました

生後5日目に心臓に雑音があることが分かり、娘に心臓の腫瘍(心横紋筋腫)が見つかりました。生後5ヵ月のとき、ミルクやオムツが原因ではなく、1時間ほど泣き叫ぶ夜が3日間続きました。「心臓の状態が良くないのではないか」と心配になり、複数の病院で診てもらいました。しかし、そのときは特に悪いところは見つかりませんでした。娘の本当の病名が分かったのは、5ヵ月半のときです。出産した病院の小児科で、白斑を契機に結節性硬化症と診断されました。今思うと、あのときの夜泣きの原因はてんかん発作だったのではないかと思います。

◆さまざまな療育について

当初、娘は結節性硬化症としては軽症のほうだろうと考えていました。少し発達の遅れは見られましたが、娘はそのうち話せるようになるだろうと考え、さまざまな療育をおこなってきました。娘が3歳7ヵ月のときに大学病院で全身の検査を受けました。そのとき、脳の画像検査で「前頭葉の状態から判断すると、残念ながら、一生、話ができるようにはならないでしょう」と医師から宣告されたのです。そのとき、何とか話ができるようにと、それまで話すことに関して訓練に訓練を重ねてしまったことを娘に対して申し訳なく思いました。話すことが難しいことが分かってからは、感情面を豊かにしてあげること、視線を使うなどして他者と意思疎通を図るための何かしらのコミュニケーション手段を身につけさせることに療育の方針を転換しました。

療育施設に行っても、てんかん発作が1回おきると発作後に3時間ほど眠ってしまうためOT(作業療法*1)やPT(理学療法*2)が受けられないこともよくありました。しかし、娘にとって療育施設は唯一社会と接点をもてる場所ですし、発作がおきて意識を喪失しているように見えても、何かしらの効果はあるだろうと信じて療育施設に通い続けました。施設や家庭でのさまざまな療育を継続した結果、今では音楽に合わせて音階をとったり、自分の名前が言えるまでになりました。身体面においては、筋力の発達が遅くなかなか歩けませんでしたが、自宅から特別支援学校へ通うバス停までの数十メートルを毎日欠かさず歩く訓練を続けるうちに、今は小走りができるまでになりました。また、トイレや食事なども以前は一人でできませんでしたが、訓練を続けるうちに、今では9割方トイレで排泄ができるようになったり、一人で食事ができるようになってきました。

現在は、毎日、生活介護施設に通所するとともに、地域で生活を送れるようになるために、週1回NPOでの宿泊活動をおこない、週末はヘルパーさんと水族館やプールなどへ外出しています。外出時は、てんかん発作がおきて転倒する可能性があるため、車いすを使っています。

*1 OT(作業療法):精神や身体に障がいのある人が主体的な生活を送ることができるように、日常生活の動作や遊びなどを通じて運動機能や維持、発達などを促すためにおこなわれる治療や支援です。

*2 PT(理学療法):病気、けが、高齢、障がいなどによって運動機能が低下した状態にある人に対し、日常生活動作の改善やQOL(生活の質)の向上、運動機能の維持や改善を目的に、運動、温熱、電気、水、光線などの物理的手段を用いておこなわれる治療や支援です。

◆てんかん治療としてのケトン食について

3歳7ヵ月のとき、てんかん治療のためケトン食を試みました。ケトン食は炭水化物を控えて油分をたくさん摂取する食事法ですが、その当時は病院で教えてもらったメニューは5種類しかありませんでした。そこで、自分で食品成分表を見ながら新しいメニューを考案し、ケトン食を9ヵ月間続けました。普通食の他に、ケトン食、もう一人の娘の離乳食、他の家族の糖尿病食と、毎食4種類の食事を用意しなければならず、食事作りがとても大変な時期でした。ケトン食を中止して普通食に戻したとき、それまであまり食事を摂れなかった娘が食べられるようになったこと、そして、てんかん発作が一定期間落ち着く効果を実感しました。

◆脳の腫瘍(SEGA)に対して治療を始めました

毎年定期的に受けている脳の検査で、脳の腫瘍(SEGA)が大きくなり、水頭症*3の症状が出てきました。3年前から主治医に手術も治療オプションの一つとして話をされるようになり、毎年検査のたびに手術をするかしないか検討してきました。医師からは、手術で劇的に症状が改善する保証はなく、「意識障がいなどの後遺症が残る(植物状態に陥る)危険性がある」と説明されていたため、手術を積極的に受け入れる気持ちになりませんでした。そうこうするうちに、主治医より水頭症の手術を回避できる可能性のある方法として飲み薬を紹介されました。お薬のさまざまな特徴やリスクなどの説明を十分に聞いた上で治療を始めました。治療効果は半年後に検査で調べる予定のため、まだ分かりません。飲むお薬の種類は増えましたが、現在は今回はじめたお薬をまず先に飲み、次に今まで飲んでいた抗てんかん薬を飲むようにしています。お薬の種類が多いと飲ませるのも大変ですが、服薬を続けることはとても大切なことですので、きちんと続けています。

*3 水頭症:脳から脊髄に流れる体液(脳脊髄液)の流れが妨げられ、脳の中に溜まり脳が圧迫される病気です。

◆生活のリズムを確立してあげることが何より大切です

てんかんがある場合、まず生活のリズムを確立してあげることが、てんかんコントロールにおいても、ケアをする周囲の人にとっても非常に重要です。

そして、新しい治療を始めるときには、その治療の良い所と悪い所(危険性)、副作用を必ず主治医に尋ねるようにしています。そして、娘の状態をみて治療が受け入れられると判断できれば、「前に進まなければ今と同じ」という思いで、さまざまな治療を受けてきました。知的な障がいがある場合、親が子どもに代わって判断しなければなりません。ですから、子どもの状態をよく観察して心に寄り添っていくことで、子どもに適切な治療を選んであげることができると思います。そのためには、人にお任せできることはお任せして、ケアをする側がリフレッシュできる時間をもつことが大切ではないでしょうか。私は月に何回かは、非日常(演劇鑑賞など)を体験することを心がけています。また夫も、食事に連れて行ってくれるなど、リフレッシュに協力をしてくれています。

◆地域社会で健康な人と障がいのある人が共生するために

娘が小学校6年生のとき、障がいの子をもつ地域の親たちが中心となって運営しているNPOに娘を参加させようと決心しました。そのNPOでは、放課後活動の他、宿泊活動やボランティアの方との外出活動を実施しています。また、親は当番制での食事作りや運営活動、地域の祭事でのバザー活動などで資金集めをおこなっています。お友達や親御さん、大学生や社会人のボランティアの方などに囲まれて、娘にとってそこが社会生活の場になっています。

いまは娘の将来を考えて、身体障がいのある人が地域で生きられるようにグループホーム設立に向けての活動を始めています。財政面や専門スタッフの確保等課題は多いですが、親がいつまでも面倒を見ることはできないですし、地域で健康な人と障がいのある人が共生できる社会にするために活動を続けていきたいと考えています。

※症状や効果のあるお薬などは個人差があります。ここに記載されている治療や日常生活は、医療上のアドバイスや指示を与える意図をもって提供されるものではありません。
必ず主治医と相談の上、治療をおこなってください。